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黒五八白の捨て猫たち

答えのその先、深淵に入り込んだ言の葉達を、見境もなく捨てていきます。問うとすれば、それは人の探究心だけ。

【カキちゃんす】フグは食いたし命は惜ししpart1

 

 

「ふぐは食いたし命は惜しし」

 

 

 

 

 

上野公園は不忍池にある弁天様には、

人間ではなく動物様を鎮魂する石碑がある。

 

例えば、すっぽん、鳥、眼鏡、、、え?など

その中でも目を引くのは、台座の上に乗った巨大ふぐ。

ふぐ様の供養碑なるものがあり、そこに綴られている唄だ。

 

曰く、

 

ふぐってめちゃめちゃ美味しいおね。ああ食べたい。

食べたいけど、言うても死にたくはないなぁ、むずむず

 

ということである。

 

そもそもヒレ酒とか唐揚げ程度しかふぐを味わったことがない私は、

他の食材同様に美味しいと感じることはあるけれども、

命がけで食べる、食べているという感覚はない。

 

とはいえ、食事中稀に死ぬほどうめえ、うぉおとか言ってしまうこともあり、

それで言うと、まさにふぐは死ぬほどうめえの権化なのかもしれない。

 

とはいえ、ふぐをふぐたらしめているふぐ毒。

 

あまりにも身近に感じられないから、

絶命の死神らしい、猛毒テトロドトキシンを少し調べてみる。

 

1gで500人殺れてしまうって1人あたり0.0002gって塵かよ、もはや何mg?

神経毒だから後遺症が残るっていう間隙なき結論が怖すぎて無理

痺れに痺れて言語障害呼吸困難とかめっちゃファイアして24時間以内に、、、、

ところがファイアしてバーンアウトしても何日後にゾンビのように生き返る事案も発生

 

うひょひょ。

 

 

これは食べない。

知識が食欲を凌駕する稀有な例とも言える。

 

 

ふぐチャンスが少ない家庭環境で本当に有難う両親

 

皮、筋肉、精巣以外がほぼ毒というふぐ様の絶対防御をかい潜り、

理性ではおよそ説明の付かない死と引き換えのリスクのなかで、

それでもふぐを食べようという人の味覚の飽くなき探究心と挑戦心に敬礼

 

あまたの人々がふぐ食に囚われ命を落としていったその過程で生まれたふぐ食文化

 

文化を支える定められたふぐ調理の資格と制度への讃美がそこにあった。

 

ふぐ達とふぐに関わってきた人々、

その歴史へのレクイエムが

 

「ふぐは食いたし命は惜しし」

 

の唄に濃縮されているように思われる。

 

 

さて、ふぐ様ほどではないが、

現代の食中毒で猛威を振るっているのがカキちゃんすである。