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黒五八白の捨て猫たち

答えのその先、深淵に入り込んだ言の葉達を、見境もなく捨てていきます。問うとすれば、それは人の探究心だけ。

捨て猫、髪型をオーダーするという奇怪さ類い稀なさ

戯言

  

美容室

 

鏡の前で希望の髪型を伝えるというシーン

自分自身をいくら見つめても希望の髪型というのが分からない

 

 

具体とは至極無縁なオーダー方法、さっぱりとか爽快にとかばっさり、

とかしか言えない

 

昔から多用しているのは、3センチとか2センチとか五厘とか、

数値を使った逃げのオーダーだった。

 

こいつは髪型ひとつもオーダーできないのか

なんのこだわりもない無味乾燥無色な男だぜ

あいまいが日本の文化、それをこいつは体現す

 

って思われても別にいい。

 

ただ、

 

具体的に言わないと美容師さんが切り辛いとか、

ごにょごにょしてよく分からないと逆に美容師さんをイライラさせてしまうとか、

そういう聞いたことあるか分からない噂から導いた数値オーダーは防御策であって、

 

仮に五厘になったとしても怒らない、不平不満を言わないという、

覚悟だけは人並み以上あるのか、果たしてないのか。

 

禁断のおまかせ、というオーダー

 

とはいえ、昨日行った美容室、美容師さんはおまかせが嬉しい、と言ってくれた。

 

なんという僥倖、有り難さ。世の中にはトレエンさんのような、

その場の観客に合わせてネタを披露したり変えられるような猛者さんがいる。

 

 

さて

 

 

ひるがえってそもそも自分の顔面や髪型というものに、

まるで興味がない、ほとんど鏡面の前で顔をあげたことがない。

 

いや、これは嘘だ。

 

中学2年生の頃は、

ドライヤーで作った中分けの出来に一喜一憂し、

ギャツビーかギャッツビーのハード目なワックスをつけ、

時にはウーのとかで髪をいじり倒して登校はそれを崩すまいとして、

ヘルメットいかに被らないで自転車登校できるかというのに集中し、そして苦心した。

 

大学で髪を染めて遅咲きのデビューが果たせるかな果たせなかったし、

社会人になったら悪い先輩が社会人はパーマだと言われて無垢にねじりあげたし、

最近はもはや養毛剤とかに少し興味がでてきているくらい、

 

つまり髪型とかそういうものについては、

少なからず潜在的に興味がある、とは言えると思う。

 

でも、自分の髪型って、

畢竟、自分に合った髪型だとして、

それをオーダーできる、というのはすごいことだと改めて思う。

 

自分に合った髪型、

とは自分自身の頭の形、毛量、毛質という、

そもそももった肉体的な個性を自身が正確に理解するのを前提にしているのだろう。

 

最近、八張りとかいう言葉を初めて知ったが、

いづれにせよ何型かはある程度分かった上で、

自分に合った髪型を完全オリジナルは難しいし、

自分と同じような型を持っている人のイケてる髪型から、

類推して自分に置き換えて、それで、それを、美容師さんに伝えて、、、はあん。

 

でも実際は頭の形だけではなく、

あくまでも顔全体で見た時は目や鼻や表情までもが、

髪型とうまく調和できるか、いや厳しいか判断しなければいけず、

 

自分にとっても、人からみても、

ああこれは〜さんに合った髪型ですね、

と言われるのは、そこそこに難しいし僕も読者様もへとへとでほとほとでしょう。

 

しかも大人になればなるほど、

頭の形は絶えず微妙に変化したりしていて、

特に私の場合はこめかみ付近にある側頭筋の成長に対し、

頭蓋骨の発達が遅れてしまって伸ばされて血行不順になって、

薄毛、それもM字系の薄毛に悩まされていたこともあるし、

 

でもそれもなんとか克服しようとしても、

やっぱり若干は後退するしそうなるとはあん、

 

果たして髪型や頭の形で我々が絶えず求める、

自分らしさや個性というものがあるのだろうか、

 

むしろ、後退するかしないか瀬戸際で頑張って滲み出たこめかみや、

仮にそういった毛量の悩みを克服した時の自信に満ち溢れた顔が、

むしろ個性、いや個性なんて、でもだったら髪型ってなんなの、

ああ、もう、もう、毛。

 

 

お団子頭とツインテールが好き。

 

私は男だ。