捨て猫マスカルポーネ

問うとすれば、それは人の探究心だけ。旧来のブログ名を捨てて、2018年は新たな語感と共に改名。重力に負けるな。

【海の日物語】ミネラルボーイの残像と江ノ島

海の日。

 

江ノ島。真夏の光景は男の魂を熱く揺さぶり、素肌の魅惑と幻影が押し寄せ海の飛沫にもがいたあの夏。

 

社会人一年目、東京。田舎育ちの彼は都会の喧騒、社会の荒波の中で藻まれに藻まれまくっていた。もっと揉みたいものは男ならいっぱいある。ただ彼は会社の中で一人勝手に焦燥、蒼白、目の下は早くも、くまドットコムだった。

 

そんな時、一筋の光明が。

 

 

会社のイケメン先輩Sから突然江の島に行こうと誘われた。7月の海の日。というか明日だった。もはや人数合わせでもなんでもいい、夏のイベントに心沸き立ち二つ返事で参加を懇願した。

 

江の島のビーチなんて田舎のイモ洗いの彼にははじめてだった。男だけかと思いきや先輩S曰く女性もくるらしい。日頃羨望の眼差しでみている麗しの先輩や、叱咤激励をうけている女性上司の水着姿を妄想して前者も後者も同じくらい興奮した。

 

当日はぴっちぴっちの晴天だった。既に片瀬江ノ島駅周辺には小麦色の肌を覗かせる水分量すくなめの女性が沢山いる。常夏の楽園を思わせる光景だったがまだ鼻血は出ない。しかし浮足は立っている。

 

海の家にいってみんなで乾杯した。そこで初めて見た水着への生着替え、いやそれは上着を剥いだだけかもしれないけど、目の前に繰り広げられるその光景、露出物、或いは柔らかな突起物に、彼は本当に生まれてはじめて鼻血がでるかと思うほど興奮した。しかし鼻血は出ない。何かは屹立とした。


青二才が味わった社会の扉の先に待ち受けた絶望は最早ここにはない、大人の世界とはこうも美しいものなのか。男の逃避行に乾杯。


海の家で男たちのビールは進みに進んだ。3杯くらいだろうか、酔わないとこの興奮はシラフでは当然抑えられない、他の男たち(先輩)もそうだったはずだ。そんな、海の家あらため有頂天ホテルの中で、男のリーダー先輩Sがある提案をする。

 

「男だけであのブイまでレースをしないか!?」

 

ブイとはこの字型の遊泳区域の突端につらなっている浮標のこと。海を見てみるとそのブイは砂浜から300mくらい先にあるのが見える。僕は泳ぎは得意ではない、むしろ苦手だ、正直自信がない、直感でぎりぎりだ。酔っていたがなまじ返事をできないでいる、、、哀れな男の無情

 

「い、い行きましょうっ、、、!」

男ってのはどうしてこうも意地っぱりでかっこつけで直線的だった。


チキチキレースに参加する猛者は彼と、先輩S、そしてもう一人いた。Wさんという先輩は、殆ど現役のスイマーみたいな体つきをしていて、実際泳ぎがうまいらしい。よっしゃひと泳ぎするかっ!と意気込んでいる。


そこで彼は悟った、、ああこれは浮き輪は使っちゃいけないやつだ、身ぐるみ剥いで海パン一丁で、海の男として繰り出し、言外に自由形でそのスピードを争う、その泳ぎっぷりによって、今後の女性達へのイニシアチブをいかに握れるか、その覇権争いのような戦いが、これから繰り広げられるのだと・・・。

 

よーい、スタート!

 

3人の猛者は砂浜を蹴って海の中に飛び込んだ。ウオーー!と彼は叫んだ。心の中はおれは絶対いけると思いこませて、実態は酔いに任せて、良い子は絶対にやっちゃあかんテンション、半泥酔の中、海に飛び込んだ。

 

海水は、生温かった。これが東京湾の海か、余裕余裕、足がつくけど、ここは一挙にクロール水泳、波を正面に向かい打って男は勇猛果敢にブイに向かって突き進んでいく。

 

異変を感じたのは浜から150m地点だろうか足元からだった。なんか急に水温が下がった、冷たい、あ、もうここ足付かない場所や、あ、なんかちょっと、え、もしかしてこれやばい、え、ん、あこれやっぱやばいやつだ、うえっぷ、うええ、振り返ると砂浜の方が遠い、横を見るとさっきまで一緒に泳いでいた先輩Sの姿はもうない、先輩W(以下スイマー)は先にいってやがる、ああ僕は孤独だ、今孤独になったのだ、孤独の海で僕は今、行くか戻るかの選択を迫られている、これが溺れてるということくぁああ・・・!ぼごぼがおかうえっぷ

 

それでも鬼の形相で泳ぎ続けなんとかブイに彼はたどり着いた。やっと休めるぅあ・・・もはや帰り道のエンジンもガソリンも使い果たしていた。

 

スイマーが既にそこにいた、笑っていた、ちくしょうぅお。でも笑っていたのは、彼があまりにも溺れていた様子を見たからだった。大丈夫か、って言ってくれたと思う。でも彼は此の期に及んで、ちょっとやばいでも大丈夫ですっていってしまっていた。なぜならばブイの浮力が彼を助けてくれ、、、るはず・・・

 

 

うっそだたおふぁそあれああさうれ 

ぇ、このブイ、、、まさか浮力が足りない?しかも、やばいブイを波止にして高まるその波が僕の口にぼこばかと流れ込んでくる、、、

 


助けて、助けて

目の前のスイマー先輩は笑ってる

 
助けて助けて、なんでなんで
もうスイマー様、助けて、つかみかかりたい。だけど彼はスイマーをつかまなかった。

 

それは藁にもすがりたい、スイマーが藁に見えたけど、スイマーより彼の方が圧倒的にでかい巨人であった。巨人が人間に藁につかみかかったら、スイマーともども溺れ死んでしまうかもしれない。決して武士の一文のような助けは借りないとか男の意地とかそういうのではない、ただ単純に目の前の体の相対的な大きさから判断してつかみかかれない、、、と判断、、、つまり彼はいいやつだったんだあぁぁぁ!!!ほほはそふ


助けて

 

助けて
助けて


そう言えば、今日実家を出発する時にお母さんが海に行くの?気をつけなさいよ?といって、ふてくされたように大丈夫だよ(なめんな)と、社会人にして中ニ病を発した自分を殺したいぃいい、、、!うえええふぁ


お母さんごめーーーん!

僕、江の島の海で、それも遊泳区域でみじめに死ぬかもしれません。

それだけはいやぁあああふぁ!

 

家族への感謝と自身の行為への悔恨が走馬灯のように駆け巡ったあと、彼は現実にまいもどる。このブイ浮力ない、波が海水が覆いかぶさっていく。まもなく飽和海水飲量を迎えてしまう。

 

スイマーは危機を感じたのかいつの間にか目の前にいない。  

彼は意を決して垂直方向に帰り道、砂浜の方へダイブした。

 

このキャンプを出たら、もう戻れない、最後かもしれないという希代の登山家の志と勇気を持って彼はがむしゃらに泳いだ。ブイからの卒業。クロールで勢いをつけるもののすぐに力尽き平泳ぎへ。途中、すぐ脇を浮輪で悠々と海水浴しているギャル男がいる、なぜならばここは普通の遊泳区域だからだ。その浮力のあるブイ貸してくれよ。あ浮き輪か。

 

足はまだつかない、男は怪訝にこちらを見ている。ま、、まさか、この男、ここで溺れているだと・・・!助けてくれ、と彼は無言の視線を送るが遠ざかっていく、彼は海より這い出すモンスター。

 

ああ私は孤独にこの遊泳区域の中で1人死んで行くのです、とはいえ最後の最後まで諦めない、、、すふぇびーだぁあ

 

 

****

 

座礁した難破船から1人無人島に辿りついた男のように生きるためにすべてのパワーを使い果たした無様な男が浜へ辿りついた。立ちあがって女性の待つブルーシートへ歩いていったが全てのパワーを使い果たしていたので途中で足から砂浜へ崩れ仰向けに横たわった。

 

女性の先輩が心配で声をかけてくれたのが聞こえる、が話すチカラも残ってない。話そうとすれば、息より海水を吐き出しそうだ。彼がなぜ横たわっているのか苦しそうなのか、溺れた事実は女性達は分からない。男たちが過酷なレースを大して見守ることなく途中で飽きて女子トークに話を咲かせてたのだろう。

 

またまた~どうしたの~という声を最後に女子はその場から立ち去った。真夏の強い日差しが僕を照りつける、焼けそうに暑い、しかし全てのパワーを使い果たした彼は動くことはできない。

 

そうして彼は、ナトリウム、マグネシウムカリウム、、、体内に大量の海水を含んだミネラルボーイになった。加えて彼の巨躯は真夏の太陽様からサンサンサンシャインシャワーを全身に浴びて、恐らくだが熱中症になった。

 

生焼け状態のミネラルの耳に、女性先輩と男どもの声が聞こえる。

 

「みんなで浮輪ボート借りて遊ぼう~!」

 

なんということだ。これからが男女の半裸の付き合い、至極のイチャイチャお楽しみタイムがはじまるのか。

 

死線を越えて完走し砂浜にうずもれるミネラルを尻目に或いは眼中にもなく、海辺のお遊戯会は進行していく。

 

待って、みんな待って、私も入れて、入れてよ、みんなの輪に入りたい、全てのパワーを使い果たしたミネラルはもはや魂の浮遊、幽体離脱のような状態で上体を起こす、するとそこには、お城、まるであれはシンデレラ城、のようなゴムボートで遊んでいる男女の姿が。夢にまで見た砂浜のシャングリア。

 

その刹那、1人の男の姿が目に入る、あ、あれは先輩G、という奴だ。なんだあいつは、途中参加だと!あの男の海の戦いをせずしてキャッスルにもぐりこむ傍若無人なあいつは、羽つきでも楽しむ公家みたいな顔をしやがって…!

 

その時だった

 

彼の口元にこみ上げる、PH低めのミネラルの逆流。とっさに体が反応し人の少ない場所に移動、と同時に膝から落ち盛大に、、、、おもどしした。口の中いっぱいに広がる酸味を感じながら、おもどしした何かを彼は砂をかけて隠蔽した。隠蔽すること5回あまり。そうしてまたもう一回おもどしした。

 

彼の背中は真夏の強い日差しの中で一人、孤独に圧倒的な絶望をたたえていた。

 

 

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おもどしおもどし

 

・・・その後、意識朦朧の帰り道、食事をみんなでしようと公家が提案して生しらす丼を雰囲気的に頼んでみたものの飲み込めず、帰路を急いでロマンスカーに乗った。

 

車中ミネラル過剰と極度疲労によって謎の発熱をもようし嘔吐感、またトイレと束の間のロマンスをはたしたミネラルは、翌日の月曜日、午前半休を取った。

 

仕事のできない彼が唯一守っていた無欠席というありがちな真面目と彼の中での唯一の存在意義はこうして崩れ去った。

 

おもどしおもどし 

 

海の日の海には気をつけよう