捨て猫マスカルポーネ

問うとすれば、それは人の探究心だけ。旧来のブログ名を捨てて、2018年は新たな語感と共に改名。重力に負けるな。

【妄想癖の猫】JRのA子さん電車ラブなストーリーは突然に…(しおり編)

いる、いる。

夜の電車にあの子が座っている。

 

 

時刻は23時半。

 

いつもの車両とは違うけど、

いつもと変わらずあの子は視線を本に落としてる。

 

僕の目線はあの子に釘付いているし今日はお酒も少し入っているからか、少し空勇気が出た。あの子の正面に立って僕は本を読むふりをする。

 

勿論僕はキモいけどその大胆さは法と公衆衛生の範囲内。頭は冷静、心と体人間の全部興奮。だって角度0度の直線上のアリアが目の前にいるのだもの。

  

なんていう日だ。

まさかまた出会えるなんて。

 

 

*********

 

思えば僕に春が芽吹いたのは2017年4月のことだった。

 

いつもの時間、いつもの電車、いつもの車両に、

いつもの風景、いつもの親父、いつもの加齢臭、

そんなモノクロな僕の日常はいつも通り流れていた。

 

あの子は、そんな僕の無機質な日々にとって一つの色彩だった。

 

ある朝。いつものようにギリギリで電車に飛び乗り汗ばむ僕は、ジーパンの後ろポケットから木綿のハンカチーフを取り出してスウェットを拭う。

 

視線の先にあの子がいた。

一番橋の席に座って静かに本を読んでいる。

 

あの子が僕の網膜を刺激して一目惚れ、虹彩認証をするまでに時間はそうかからなかった。

 

決して華美ではない、髪色も黒のロング、中肉中背、目鼻立ちに際立ったものはないが、どちらかというと質素。だが、切れ長の目は泰然とあるいは優雅を醸し、肌の水分量は多めで健康的な女性だった。

 

あの子を分度器の中心におくとすれば、僕はそそくさと彼女から見て右斜め15度の位置に立つ。座席数で言えば5人くらい離れた位置だ。

 

僕は本を読みながらテキスト情報はほとんど素通り状態で、あの子を時よりチラ見してはチラチラしてしまう。

 

僕の世界の中心があの子でその他は何も見えないように、あの子もまた本の世界と周りを隔絶しているような、本と私以外私でないのというような静謐な雰囲気があの子の周りを取り囲んでいるように見える。

 

その日の翌日も、その次の日も、あの子は同じ席に座って本を読んでいる。4日目にはあの子との角度は15度から45度まで広がったようで距離は縮んでいった。だけど、そんな甘酸っぱい日々は長くは続かなかった。

 

 

翌週、あの子はいなくなった。

忽然とあの席から消えてしまった。

 

 

 

僕は車両と時間を変えて来る日も来る日もあの子を探した。そして、ついぞあの子は見つからなかった。

 

引っ越したのだろうか

会社の出勤時間が変わったのだろうか

何か彼女の周りで不幸があったのだろうか

 

いや、それは楽観だ。

 

僕が徐々に彼女との距離を縮め、

隙をみてはチラ見していた事実を、

あの子が察知して薄気味悪がられた。

故に姿を消した。

 

私が、あの子の消えた原因である。 

という率先垂範な気持ちはどこ吹く風だった。

 

束の間の蜜月であった。

あの子との時が記憶の中で、徐々に風化しはじめたその矢先。

 

*******

 

再会した。

 

朝の電車ではなく、夜の電車にあの子はいた。

 

酔客や眠りに落ちている客がひしめく車内の中、あの子は朝と変わらぬ姿で本を読んでいる。

 

 

周りから切り取られた風景。

 

 

あの子に声をかけたい。

 

偶然とは何故こうも感情を掻き立てるのだろうか。意気地なしな僕だったがお酒が僕を後押しして、勇気に失礼な勇気を持ってあの子の席の真ん前に立つ。

 

あの子の読んでいる本が目に入った。

 

 

「エミール

 

 

そうかこの子はエミールという名なのか。馬鹿な。

 

 

エミール、それはフランス革命の夜明けに活躍した哲学者、思想家、であるルソーの著書。らしい。

 

これまでの歴史や学問、権威、信仰への偏重や人造の観念に異を唱え、自然から学ぶ自らの経験と反省こそが世界の恒久的な発展に対し最も尊いものである、とエミールさんの成長物語に乗せてルソーは説く。

 

らしい。

 

教育とは?の根底を揺るがし、また革命以降他国の歴史を否定し征服する論拠として多いなる影響を今もなお与え続けている、という。、、よく分からないがとにかく割とヤバい本らしい。

 

おお、エミール、、、!

 

あの子の聡明なその目線の先にある、ある種狂気的なテキストを追っているあの子は一体?

 

そんな戦慄の感情がひとりでに渦巻いたその時、あの子が次のページを繰ろうとしたその時、本の隙間から「しおり」がひらりと僕の足元に落ちた。

 

慌ててしおりを拾おうとする彼女。だが、僕の方が0.7秒ほど反応速度が早かった。お互いの手がしおりの上で交錯する瞬間、はじめてあの子の動揺が手を通じて僕に伝わってくる。

 

 

 

 

よく見るとそのしおりは、

 

 

 

 

 

 

馬券だった。

 

 

 

 

 

ラブユー

 

 

 

 

おしまい