黒五八白の捨て猫たち

答えのその先、深淵に入り込んだ言の葉達を、見境もなく捨てていきます。問うとすれば、それは人の探究心だけ。

【深淵】相対的価値の亡骸と絶対的価値の亡霊

 

これから書く文章が、

タイトル負けしそうで怖い。

 

 

 

社会に出るとペーペーの頃は、

付加価値の高い仕事をしろと、

よく言われたもの。

 

そうして初めて価値というものを、

自分ごと化して考えた方も多いのではないでしょうか。

 

つまり、価値とは何かと?

 

価値の一歩手前、付加価値の話。

 

ビジネスバージンな小童か少女は、

生真面目に自らの一挙手一投足に、

付加価値があるのかないのか高いのか低いのかと考える。

 

そもそも自分には価値がある高いと思っていた人も、

そもそも自分にはなんの価値もないと絶えず絶望している人も、 

 

ちょっとした結果や失敗や挑戦のうちに、

気付いてしまう。

 

そもそも付加価値とは何か?と。

 

商売はお客様がいることが殆どなので、

それは畢竟、お客様にとって価値があるか、ないか。

 

お客様にとって価値のあることが即ち自分の付加価値、

付加価値を広く深く多く提供できることが、

結果や成長、社会のためになる、、、と。

 

付加価値を高めていくことが、

個人にとっても組織にとっても法人にとっても、

宿命的な課題であることは分かる。がこれを自分に置き換えることは難しい。

 

ビジネス上の価値は、

数字やお金という部分に体現され目に見えるから、

いわゆる価値という至極曖昧なものがはっきりと浮かび上がる。

 

しかし、いわゆる数字やお金の価値、

もっと矮小化すれば役職とかキャリアとか、

自分にとっての価値、即ち個人の価値に落とし込むのは難しい。

 

個人の価値を、それが価値であると判断したいができず、

にもかかわらず、ビジネスの現場では、自分の市場価値を上げろ、

とよく言われることがある。

 

自らの市場価値?は、確かにこの資本主義の中で生きて行くためには、

非常に重要だが、価値の範囲が組織を抜け出て市場という大枠に対して、

相対的に価値があるか、ないか、を考えなさいといったもの。

 

市場価値が私は高い、低いの根拠もまた、

給料とか年収とかポジションに置き換えられる。

 

個人の価値もまた、

相対的な価値になるのであろうか。

 

何かや誰かと比較して、勝っているか劣っているか、

ビジネスで言えばインパクトかノーインパクトという、

大枠の市場と相対して規定される価値になるのであろうか?

 

 

それは、私の価値なのであろうか?

私が望んでいた人生の価値なのであろうか?

 

相対的な価値があるからこそ、

嫉妬したり羨望したり新たな欲求が生まれ、

それは今と明日への生きる活力になることは分かる。

 

相対的に一番になる、

 NO1になると志向することによって、

障害を突破し進んでいこうというのも分かる。

 

スポーツのようにNO1がはっきりしていたらいいのになと思う。

 

相対的な価値の欲求を満たし、満たし続けたその先にある、

NO1という圧倒的な相対的な価値が自分の絶対的に置き換わる、

そんな方は少なくとも確率的に異様な一握りであることは自明で、

むしろ、相対的な価値と絶対的な価値が相入れることがあるのか?と疑いたくなる。

 

自分が自分をNO1と定義付けるのは、非常に難しいからである。

 

相対的な価値があるから欲求と、

他社からの期待を呼んでいく、

期待があるから頑張るけど、

その分の焦燥がつきまとう

このスパイラルにはまった時、

自分の中にある価値の絶対性がないと抜け出せない 、、、かもしれない

 

歌じゃないけど、NO1にならなくてよくて、

ONLY1になればいいといったとしても、

そもそもONLY1ってなんだ?って教えてくれよ。

 

自分がやりたいことなのか

自分の感情のあるがままなのか

それは自分にしかできないことなのか

 

その自分という絶対的な志向にせよ、行動にせよ、それが体現化したとしても

 

made in 他人  では 私はないと言い切れるのか

 

そんな葛藤の中で、

何が自己の中で絶対的な価値に成りうるのか。

 

そうやって、価値とは何か?を巡る旅に彷徨い出す。

疑うばかりでは前に進めない。よって訳のわからないものを信じながら進む。

 

我思うに我あり

たとえ己が99%が他人のキメラである、ということを受容しながらも

自分は自分である、あったと最期を遂げることができるその絶対的な価値

 

相対的価値の亡骸と絶対的価値の亡霊、

亡骸と亡霊が絶えず交錯する世界は非現実的だがしかし、

マイナスとマイナスがかけ合わさるとプラスになるように、

案外、現実の世界というのは、そういうものかもしれない、とも思う

 

相対的な価値もまた永遠、

絶対的な価値の探究もまた永遠

私とあなたは、今、どちらを選択するのか